日経歌壇(8月12日) 穂村 弘 選
(評)
動物としての「死」の後に「肉」としての「死」があるとは。 生命の連鎖を思う。
今年2月ぶりの一席。
穂村さんに届く予感はあったけど、
まさか一席になるとは思っていなかったので嬉しかった。
この歌は、ちょうど一ヶ月半くらい前に
Twitter上で開催された「1時間歌会」(山本まともさんによる突発企画)に提出した、
準遺体安置所として食肉の売り場は四季を通じて寒い
という短歌の生まれ変わり。
生まれ変わる前の歌も着想は気に入っていたものの、
・「準遺体安置所」という言葉のインパクトに頼りすぎ
・字数合わせのために「食肉売り場」に「の」が入ることのぎこちなさ
・「四季を通じて寒い」の状況説明が当たり前すぎて伸びしろがない
ことがどうも気持ち悪くて好きになれず、
もっと自然な表現で、生から死、次の死までの
時間の流れを感じられる歌にしたいと思って
ゼロからつくりなおした。
自分が良いと思った着想は、一回上手く歌に出来なかったくらいで捨ててしまわずに、
ぴったりくる表現を粘り強く探してみることが大切だと思った。
今回の日経歌壇では、自分の歌が載ったこと以外に嬉しいことがもうひとつあった。
「何らかの歌詠みたち」の傍観担当、木下龍也さんの歌も載っていたのだ。
遠回りさせる構造なのだから遠回りしてレジまで来いよ (木下龍也)偶然にも僕の歌と同じスーパーとかコンビニっぽい場所指定の短歌。
これは穂村さんの粋な計らいのような気がしてならないのは、
おそらく僕の気のせいだろう。
彼の実力からすると今後もまたどしどし載るだろうけれど、
日経での彼の(おそらく)デビューに立ち会えたのは良かった。